7月21日(土) 新宿K's cinemaほか 全国順次ロードショー!

COMMENT

新たなる『映像要理』

四⽅⽥⽝彦(原作)

「人は生涯にいくつの女性性器を見るか」と副題して、『映像要理』というエッセイ集を上梓したのは、散文家としてデビューまもない1984年のことでした。フランスのマッケローニいう写真家がいて、長い歳月をかけてある女性の性器を何百枚も撮影し、床から天井までを埋め尽くす写真展を開いたと知り、彼の「厳選」したる百枚写真集を手にしたのが契機でした。
男性はどうして女性の性器を見ることに生涯の情熱を費やすのか。性器を見ればその女性の正体を知りえたと、どうして単純に信じ込んでしまうのか。わたしが提示した問いは、前世紀にニーチェが問うた哲学的提言の変奏でした。もし真理が女であるとすれば、哲学の探究とは彼女の肉体を知ることである。だが女はそもそも自身が真理であるのだから、それ以上、哲学的に真理を探究する必要はない。これがニーチェの考えです。
この若書きのエッセイが矢崎さんの手で映画化されると聞いて、いったいそんなことが可能なのかと当惑したことは事実です。けれども男女の間に横たわる認識の齟齬を長らく主題としてきた監督にとって、『映像要理』に向かうのは、必然的なことだったのかもしれません。
フィルムを試写で観たときの印象は、マッケローニというよりむしろマルセル・デュシャンからより強い霊感を受けているという気がしました。謎の依頼主が螺旋階段の途上にいる姿は『階段を上る裸体』を想起させましたし、山荘の廃墟と化した扉を開いたときに出現する、性器を露わに横たわっている女性の裸体は、遺作である『エタンドネ』を思わせます。もっともこれはヨモタの思い過ごしかもしれませんが、いずれにしてもこの作品が高度に知的に構成されたものであることは間違いがありません。
わたしは男性の眼差しを批判的に検討しましたが、今回の映画では眼差しは男と女、つまり二重で相補的なものとなっています。ある謎めいた女性が男性カメラマンを誘い、自分の性器を撮影してほしいと依頼する。この行為の根底にあるのは、女性は直接に自分の眼で自分の性器を認識することができないという事実です。彼女はかならず誰か他者の眼差しを媒介としないかぎり、みずからを確認し所有することができない。この逆理は、男性はいかに目を凝らしたところで、けっして女性の深奥に到達できないという逆理に、みごとに釣り合っています。わたしの『映像要理』はこの対応状況を前提として、新しく書き直されるべきでしょう。『スティルライフオブメモリーズ』はわたしに、さらなる探究の糸口を与えてくれました。

プロフィール
四⽅⽥⽝彦 1953 年⼤阪⽣まれ。東京⼤学で宗教学を、同⼤学院で⽐較⽂学を学ぶ。明治学院⼤学教授として⻑らく映画史の教鞭をとり、現在は研究と⽂筆に専念。コロンビア⼤学、ボローニャ⼤学などで客員教授・研究員を歴任。映画と⽂学を中⼼に、幅広い⽂化現象を批評。著書は『ルイス・ブニュエル』『署名はカリガリ』など多数。『パゾリーニ詩集』を翻訳。近著に『神聖なる怪物』『親鸞への接近』がある。『ルイス・ブニュエル』で芸術選奨を受賞。

マッケローニの含羞はにかみと⾊気がよみがえった

⽣越燁⼦(企画協力)

 『百枚のエロティックな写真』というフランスの写真集を見て、アンリ・マッケローニの写真を知ったの。これは表現の最先端を行ってる、ギャラリストとしてこれで勝負をかけようと即座に思って、彼に会うためパリに飛びました。1991年秋のことです。当時、マッケローニはニースに住んでいて、週末にパリに来て、サンドニという娼婦街の只中のアトリエで専属のモデルを撮っていました。会いに行くと、マッケローニは「写真展はもううんざりだ」とにべもなかった。聞けば、最初の個展のとき、画廊に婦人団体が押しかけ突き上げを食らったとのこと。「あなたの写真は女の私が見ても素晴らしい」と言うと、頬をぽうっと染めたんです。それから何度会っても目を合わせないの。なんてシャイな人なんだろう、でもこんな少年のような含羞(はにかみ)があるから、これほどまでに長く、深く女性性器を見つめられたのかも知れない、と思いましたね。契約を終え、オリジナルプリントをパリで買った女性の生理用品にくるんで税関をかいくぐり、個展を開くまでの苦労は並大抵じゃありませんでした。刑事がずっと見張っていましたし、女性からの抗議の電話が毎日かかって来ました。豪華な作品集を出版したため画廊の経営は傾きましたが、マッケローニのために画廊が潰れるなら本望だと思いました。それほど彼の作品と人間性には惚れこんでいました。
それから四半世紀が経ったころ、マッケローニの写真にインスパイアされた映画が出来たと聞いて驚きましたね。さっそく試写を観ると、マッケローニとモデルの二年を、フランスの密室から日本の清澄な自然のなかに解き放ち、素晴らしかった。とりわけ桜が二人の苦悩を洗い清めるように降りそそぐシーンには心がふるえました。アトリエの薄闇から聴こえる安藤政信さんの声を聴きながら、マッケローニの含羞と端正な横顔がよみがえりました。

プロフィール
生越燁⼦ ギャラリスト。新潟県生まれ。『不忍画廊』に勤務した後、1983年に渋谷に『アートスペース美蕾樹(ミラージュ)』を開設。以降23年にわたり、女性シュルレアリスト、ピエール・モリニエら異端のアーティストを紹介し、澁澤龍彦、巖谷國士らに支持される。93年、98年に『アンリ・マッケローニ写真展』を開催。編著に『ドロテア・タニング』『ピエール・モリニエ』『アンリ・マッケローニ作品集』など(すべて美蕾樹出版)。

写真との間を行き来する映画

中村早(写真家)

「写真から匂いや湿度を感じる。音や声も」6年前、私の作品をはじめて見た矢崎監督のことばです。4年前、本作の企画が立ち上がり、クランクインまでの間、私は写真家として植物や貝などの静物を見つめ、ひとりの女性の性器を撮影しつづけました。
写真作品が作られていくのと呼応し合いながら書かれていった脚本で私と春馬の時間が重なりあい、安藤さんの身体をもって春馬というひとりの写真家の時間が動きはじめたのです。本作では映画が写真に、写真が映画にと行きつ戻りつする新たな体感ができるのではないでしょうか。写真集をめくるように何度もこの映画をご覧いただけたら幸いです。最後に脚本から編集までを共に作る機会を与えてくださった監督、そしてスタッフ、キャストの方々に深く感謝しています。そしてアンリ・マッケローニにも心からの敬意を。

プロフィール
中村早 Saki Nakamura
1984年、東京都生まれ。写真家。武蔵大学在学中から2015年までphotographers' galleryに所属。男性ヌード、花をモチーフとした写真作品を制作し、個展を多数開催。2012年写真集『THEBOY』出版。
アンリ・マッケローニ
フランスの画家、写真家。
1932年ニース生まれ。ポストシュルレアリスムの画家として作品を発表する傍ら、69年からひとりの女性をモデルに女性性器の撮影 を開始。2年にわたって撮りためた二千枚の写真から選りすぐった百枚をパリの画廊「Obliques」で展示するが、女性解放運動家が抗議に詰めかけ、それをまとめた写真集「ある女性の性器の二千枚の写真から選ばれた百枚」(78年)は一大スキャンダルを巻き起こす。この写真集について四方田犬彦が『映像要理』(84年)で紹介し、論考。93年には「アートスペース美蕾樹」がその一部を輸入し「マッケローニ展」を開くが、写真集そのものは現在に至るまで日本への輸入が禁じられている。マッケローニはこのあとも複数の女性をモデルに撮影を続け、2016年に死去するまで、その生涯を女性性器の探究に捧げた。